山と自然の贈り物の記録
懐かしい手紙が出てきました





暇に任せて、お手紙の整理をしたていたところ、レアもの発見!




・夫が「私は天才釣り師」と吹聴していたころ、挑戦状が届きました。
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・それにしても、こんな…。私もイワナのお葬式の夢を見たことがありますが…
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・日付印を見ると、30年以上も前のことで、今は所在不明のようです。
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・活躍されていた頃、夫が会合でご一緒したのがご縁なのと、隣り町出身で意気投合していたのです。

無題

無題②

細貝栄②

細貝栄




この頃の夫達は、すでに30歳を超えていました。釣ったイワナの数を
自慢したり、挑戦状を送り付けてきたりと、無邪気なものなんですねェ。







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[思い出
山好きのルーツでしょうか?




 本棚を整理していたところ、こんな写真がでてきました。昭和30年初め
のころの写真です。これが、私の登山心のルーツなのかも知れません!
 






漫画の「夕日が丘3丁目」のような、自宅付近の写真だと思います。          

・「火の見櫓」と「駅の待合室」らしい建物があり、どこなのかは分かりません。
自転車を押す母と、遊んでいる私達姉妹の、信じられないレトロな光景です。
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・なぜか、お金を数えているような、私の幼いころのしぐさです。
夫は、「お金を粗末にするとバチがあたるぞ!」と冷やかします。
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「チリンチリン」という鐘の音が聞こえてきそうです。                 

・自転車でまわる「アイスキャンデー屋さん」のうしろ姿。近所に、この光景は見当たりません。
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父の 会社旅行の一コマのようです。「東館行」のバスで、どこへ行ったのでしょう。



・どこか分かりません。川が全面結氷して、スケートを楽しむなんて、信じられない光景です。
左手の土手から桟道があって、氷で遊んだり戻って休憩している様子の、写真もありました。
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当時の登山スタイルが分かります。「安寺持方入り口」か「生瀬口」から男体山に登ったようです。

・母は、父が家から歩いていったこともあると言いますが、本当でしょうか? 「竜神峡」から「安寺持方」
「男体山」までの案内とは、広大なエリアです。この時代の人達の行動範囲が、想像がつきません。
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・「電気導入記念」とあります。「安寺」に電気が通じたのは、昭和30年11月と
あります。夫は、45年頃に「持方に電気が」とテレビニュースで見たと言います。
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・「男体方面図」とありますから、「安寺」から峠を越えて「持方」に着いたのかなと思えます。
今は林ですが、当時は背景の山の斜面がきれいに整備され、豊かな畑になって生活感があります。
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・「男体山山頂の祠」のようですが、こんなに大きかったのでしょうか。
いつも気難しい父が、「こんなお馬鹿」をしていたとは、おどろきです。
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私の記憶に薄いのですが、「八溝山」に登っていたようです。                

・「八溝山」へ向かうのか、帰りなのか、「大子駅」か「上菅谷駅」の待合室だと思われます。
当時は込み合う時間もあったのでしょう、「行列を守る日本人」と言う標語が掲げてあります。
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・この登山口は、「蛇穴」バス停のところに様相が似ています。昔のままなのかもしれません。
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・林道を辿って山頂を目指します。左母、右姉で、真ん中が私です。相当暑い時期のようです。 
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・今も駐車場脇にある、「白毛水」の水場に似ています。水も豊かだったようです。
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・林道を離れると、こんな杉林のなかの登山道もあったようです。
山頂への道ではなく、「日輪寺」への、参道なのかも知れません。
途中、道に飛び出してきた猪に、大騒ぎした記憶があります。
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・林道の終点だと思います。当時も、ここまで車で登ってくるお金持ちがいたようです。
私は、車では登れなかったように記憶しているのですが、背景は、登山口とは思えません。
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・今では、お城をかたどった展望台がありますが、「ヤグラ」と呼ぶべきなのか、頂上です。
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・疲れた様子のうしろ姿ですが、「蛇穴」に向かって歩いています。無事下山したようです。
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 父と私達姉妹。背格好から見て、私達が小学生の頃、家の前の光景です。


・すべてが母の手作りの洋服ですが、かなり現代に近づいてきました。
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毎年裏磐梯にスキーにも行っていました。                    


・たくさんのスキー客がいるので、猪苗代駅か郡山駅のホームでしょうか?
「馬ソリ」が駅まで迎えに来て、吹雪の中を走っていたのを覚えています。
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・スキー場では、「歩く」か「Tバーリフト」が主流でした。
シングルリフトも出来ましたが、多くは歩いていたようです。私の右が母です。
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・小さいながらも、一生懸命登っている私のうしろ姿です。八の字ができています。
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・遠目には、今のスタイルと変わり無いように見えますが、
「竹ストックに皮のリング」がついたもので、「節」が見えます。
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・こんな滑りが多かったように思います。夫は「あっち向いてホイッ」と言っています。
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・父が好きだったのでしょうか、家族・父の兄弟に近所の子も連れて行っていました。
毎年、お正月に出かけていたので、ウェアの違いは、出かけた年が違うものです。
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・父と埼玉谷峰山岳会のニアミス。私の目も自慢ですが、因縁を感じてしまいます。
二十年近く経ってから後輩と私達が出会い、古いアルバムから偶然再出会いをしたものです。
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「八溝山」に登ったり、「「竜神峡から男体山」に登った他に、、「那須」や「北ア涸沢や横尾
でのテン泊」の様子を写した写真もありました。その中の一枚、涸沢の写真のテントに「埼玉谷峰
山岳会」と言う名前があったのには驚きました。私達の同人仲間が30年くらい前まで所属してい
た山岳会ではありませんか。父親の時代から続いていた、由緒ある山岳会だったらしいのが驚き
ですが、父と先輩たちがニアミスしていたなんて、ほんとうにめぐり合わせと言うものでしょうね!



昭和30年代前半に、「スキー」「スケート」「山登り」に親しんで育ってきていたのです。
写真を見ながら、「これが、あなたの「山が好き」のルーツだよ。
なにかしら親の血をひくものなんだねえ!」と、夫が感心していました。






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[思い出
⑦子に育てられた 続・八幡平編

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続・会津駒と同様に、八幡平での写真が出てきましたので、続編としてここに収録してみました。
同じ年のものではありませんので、次男が赤ちゃんだった頃や、スキーが滑れるようになったものが
混在してしまっていますが、後生掛温泉をベースにした懐かしいものばかりです。





・田沢湖に向かう途中、今は無き「新鳩の湯温泉」近くの道路脇に、毎年水芭蕉が群生しています。
毎年々通っていますが、一度もはずしたことがありません。
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・これは、澄川温泉裏手の斜面に掘った雪洞です。残雪が少なく、ブッシュが多くでています。
ここまで掘ったからにはと、小枝をノコギリで刈り払い、執念で雪洞に一泊したものです。
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・これ程太いブッシュが現れると、大概は雪洞堀りは諦めるのですが、夫は掘り進みました。
こんなに雪の浅い年に、家族が宿泊できるまで雪洞を掘り広げるのは、大変なのです。
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・大場谷地から周辺の山への登りです。これは長男ですが、まだ歩くスキーでの登りが出来ません。
夫が引く赤いロープにぶら下がるようにして頂上まで登り、下りを滑降したものでした。
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・腕力でぶら下がるのがとてもきついので、シットハーネスのようにして、引っ張れるよう工夫をしました。
この年には、連休中に雪が降りました。後ろの樹林に雪が積もっているのが分かります。
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・雪がやめば、五月の天気。私も軽装ですが、夫は場違いな半袖姿になっています。
ここは大場谷地です。
最近では湿原散策のため木道が敷かれています。水芭蕉がキレイに咲く所です。
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・大場谷地から一汗かいて左岸尾根に登りつきました。いつも、ここで休憩です。
余りの暖かさに、私まで半袖になってしまいました。
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・後ろの高い山が、「焼山」です。・後生掛温泉から「もうせん峠」を越えても辿りつくことができます。
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・山頂をあとにして、右岸尾根を滑降している写真です。シャッターチャンスがイマイチなので、
格好は良くありませんが、この頃には上級コースをスイスイ滑れています。
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・上の写真と同じように見えますが、少し体格が小さい頃です。毎年、同じようなことをしていたのです。
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・大場谷地、右岸尾根の最後の滑りです。次男を背に駐車地点に向かっています。
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・大場谷地から東に転じると、アスピーテラインで八幡平山頂に着きます。
当時は、こんなに賑わっていました。
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・山頂の賑わいを後に、温泉目指して滑降していきます。東斜面なのでこの位晴れると
すぐに雪が腐ってきて滑りにくくなります。
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今は山頂から滑っている人が少なくなりました。当然、シャトルバスもありません。
ツアーコースから、バス停に降りるには、2~3㍍雪壁を下らなくてはならなくなりました。
かつての藤七温泉前バス停の賑わい・雑踏はウソのようです。

静かな雪山を楽しめるのは嬉しいのですが、一抹の寂しさも感じてしまいます。







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[思い出
⑥子に育てられた?続・会津駒ガ岳編

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少しずつ写真を整理していると、「こんな所にもアルバムが!」と発見した一つが、この会津駒ガ岳の
一連の写真です。「子に育てられた編」は、写真をそのままデジカメで再撮影をしたものなので、
「元写真」の発色の仕方で、大分移りが違います。

少しブナの新緑のみずみずしさが失われてはいますが、それでも、楽しさが蘇ってくる写真が出てき
たので、特集号として追加をしてみました。季節は6月。新緑と残雪の駒ガ岳ハイキングです。




・見てください、ブナの大木の逞しさと、瑞々しい新緑の美しさを ! 圧倒されてしまいますね !
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・写真の発色で見えにくいのですが、新緑の間に、コブシの花が咲いています。
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・次男が乗ってるのは、倒木を輪切りにしたものでしょうか。こんなのが欲しくなってしまいます。
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・こんなに仲良しの兄弟の顔ガ見られて、ハイキングの楽しさが増してきます。
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・登山路が急になってくると、さすがに次男が遅れだします。
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・やさしい長男に励まされて、くじけずに登っていくことが出来ました。
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・途中で一休み。今度は長男がお疲れ気味なのに、次男が復活のVサインです。
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・またもや急坂のはじまりです。長男が次男を後押しするように、一歩一歩登っていきます。
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・ブナ林から針葉樹林帯に変わっていく辺りから、残雪が現れました。
6月だというのに、さすがは豪雪地帯です。子供達のハシャギようも半端ではありません。
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・この足元で、この雪山を登るのですから、知らない人からは注意を受けそうです。
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・ここで身支度を整えていますが、登頂のためではありません。雪合戦のためだったのです。
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・さっそく、次男の手が雪に伸びていきます。後ろには、会津駒ケ岳山頂が見えています。
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・さんざん遊んだ後に、山頂を目指します。
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・残念ながら、山頂の写真がファイルされておりませんでしたので、ハイキング編の写真を再掲しました。
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こんな写真を見返していると、ますます元気がでてきます。
一緒に遊び、一緒に育ってきたものとつくづく思っているこの頃です。



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[思い出
⑤子に育てられた?「ハイキング」編

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子供が生まれてからは、本格的な山行がお休みとなりました。
それに替わって、子連れでの低山ハイクが始まりました。
長男だけの、一人っ子時代には、夫の肩車で、北岳にも登りました。




①我が家の1年は、男体山登山から。                                         
                              


・元日が仕事のため、毎年、1月2日に男体山頂でご来迎です。
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・当時は、山頂祠のある囲いを出て、岸壁の上でお雑煮を食べました。
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・夜が明けてみると、累々たる山並みを望むことができます。
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・毎年、日の出を撮っていても、こんなに真っ赤に映ったものは、とても珍しいです。
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・子供達はどんどん成長していきます。今年もまた、山頂のお雑煮で新年を迎えました。
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・毎年、男体山ご来迎に付き合い。兄弟揃って、健やかに育っています。
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②家族ハイクの定番は尾瀬です。                                        


・尾瀬三条の滝。次男をオンブして行ったので、「無理だから引き返しなさい」と、
 迷惑なアドバイスを、何度もいただいてしまいました。
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・もう少し大きくなってから、尾瀬沼一周にもチャレンジしてみました。
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④鍋足山も、我が家の遊び場でした。                                        
ザイルを使って岸壁を下降したり、大木にくくりつけた滑車を利用して、吊り上げられたり、ブランコ
遊びをしたり、ロッククライミングの用具が大変役にたったことは、言うまでもありません。



・里美から登った「鍋足山」から笹原方面に下ったところにあるアスレチックです。
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・藤ヅルのブランコだけではありません。倒木もうまい具合に配置されていました。
子供の足は裸足です。それは、落ち葉が一杯で、地面がふかふかだからなのです。
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・山頂から断崖に沿って下ると、「イワウチワ」の群落が素晴らしいです。
今では、登山路の一つが通りますが、ほとんど荒らされていません。
開花時期を見定めれば、無数のピンクの蝶が乱舞する姿と錯覚します。

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⑤安達太良山と、「岳の湯」温泉にも行きました。                        
      

              
・安達太良山でのスナップ写真。三人とも、随分シャキッとしていました。
長男は、5カ月の時に山頂を極め、岳の湯の酸性湯で、初温泉しました。
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⑥夫婦で通った北岳は、子連れでも登りました。                        


・3歳の時に北岳に登りました。「親のエゴだ」とささやくこえが聞こえました。
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・夜鳴き気味でしたが、肩の小屋に泊まり、朝日の仙丈ガ岳を眺めます。
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⑦田代山にも何度か登りました。                                  


                            
・二人揃って、しっかりと歩けるように成長しました。
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・次男が先頭をきって歩きます。元気一杯は、当時からだったのです。
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・偶然のスナップ写真なのに、見事に背丈を並べています。
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・最近は、整備しなおされているようですが、素晴らしい田代山山頂です。
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⑧会津駒ケ岳も夏、秋と登りました。                              



・兄が声をかけるのに、なぜか、うかない顔の弟。
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・田代山同様、歩き出すとこんな写真になってきます。
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・ブナの大木が、夏の太陽熱を遮ってくれます。
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・子供のウェストと比べてみてください。大きさ、太さガ分かるでしょう。
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⑨鳥海山は頑張りました。                                       



・当時賑わっていた「河原宿小屋」前での休息。
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・小屋の前には、雪解け水がゴウゴウと音を立てていました。
 汗をかいて登ってきたのに、川が。山上とは思えません。
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・咲き乱れるキスゲの眺めながら辿ると、雪渓尻。8月末に、この残雪。
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・少々腰が引けていますが、難なく雪渓を登っていきます。
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・どうして、背丈の順に並んでしまうのでしょうか ?
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・振り返ると、ガスの向こうに「河原宿小屋」が可愛く建っています。
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・山稜に出ると、高山植物の繚乱です。
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⑩夏井川渓谷、背戸峨廊です。                                      


・写真の状態が良くありませんが、背戸峨廊のスケールは驚きです。
S家族と一緒に行きましたが、なかなかの迫力でした。
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・観光バスも来るくらいですから、人も多いです。
帰り道で見た、イワウチワの群落が気になりますが、
再訪はできておりません。
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⑪のびのび育てると                                               



・このままゴルフを続けさせていたら、初代の○○遼になれたかも。
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・夫も半端ではありません。台風が来ると、大雨・大風の中、こんな姿で遊ばせていました。
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山好きな夫婦の、「子に育てられた」様子の一端を紹介しました。

温泉変にしろ、中津川編にしろ、八幡平編にしろ、我が家での常識が、
間では非常識と映ることもあったようです。

私も、今年、還暦を迎えますが、昨年、北穂高岳山稜からスキー滑降をしたころから、
今年は富士山山頂や剣岳・長次郎谷からの滑降をはじめ、夫の夢が膨らみすぎて、
収拾がつきそうにありません。

どこまでついていけるか、心配がつのります。







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