山と自然の贈り物の記録
高倉城(竜ケ井城)跡に出会いました


「図らずも、何々をしてしまいました」とは時々聞く言葉ですが、今回は、まさにその通りの、
体験をしてしまいました。


発端は、知り合いの「山散歩」さんのブログからです。
毎週のように、奥久慈の隠れたコースを歩いている中に、
「竜神尾根から竜神ふるさと村に抜ける道を歩いた」とあったからです。

「奥久慈の精通者」を勝手に名乗っている夫としては、見逃せないようで、
好天に恵まれた今日。「ノンビリ陽だまりハイクに行こう」と、
竜神尾根とやらを散策することになったのです。


尾根への取り付きは、竜神ダム駐車場から少し街道に戻った左岸についた階段から。
前にも階段は登ったことがあるのですが、その先はお墓だと思っていました。
平地の少ないこの辺りには良くある事で、山の斜面に添って数軒のお墓が
団地のようになっているものと、信じて疑いもしませんでした。



ところが、階段を登った踊り場から右に曲がると、立派な木道続いています。
これはお墓への道とは違うよね!どう見ても遊歩道です。
「エエッ、ウソでしょう!」と半信半疑。落ち葉が積もっていますが、それは立派な造りです。
途中に、平成18年の文字がありましたから、5年も前に整備されたものだと思います。

発見の喜びもありましたが、余りの気持ち良い樹林と、素晴らしい遊歩道が、枯れ葉に
埋もれ、朽ちて行きそうな光景に、複雑な気持ちです。



・こんなに立派な、遊歩道です。せっかく作ったのだから、観光に使うべきでしょう。
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・遊歩道は、水平道と尾根道に分かれ、しばらくすると合流していきます。
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・「ここは、なんなのでしょう?」と言いたくなるような、展望台で、キャンプによさそうです。
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・立ち木が遮っていますがすぐ目の前には竜神大吊り橋がかかっています。
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尾根道に戻って、「ふるさと村」を目指して登りだすと、少し道幅が狭くなってきました。
かまわず登っていくと、しだいに踏み跡程度に、寂しくなってきます。なかなかの隠れ
ハイキングコースらしくなってきました。

夫と二人、静かな陽だまり散歩となってきたところに、なぜか右手の方から人の声がしてきました。
少し平坦になった場所で声の方向を確認していると、ガサガサと藪を掻き分けるようにして
男性が登ってきました。一人で呟いて、なにか笑ってもいるようです。チョッと、大丈夫な人なの?


夫の後ろに隠れるようにしていると、「私は、山城を探すのが趣味で、高倉城を目指しているのです」
と言う。うわさに聞いた、「山城ハンター」さんに出会ってしまったのです。
聞くと、「道が分からなかったので、街道から藪を漕いで来ました」と言い、手には分厚い
「茨城の城郭」と言う参考書を持っていました。





・こんな立派で、高価な、マニアックな本があると言うことは、マニアが一杯いるんですね。
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実は私達は、地図すら持っていなかったのです。ですから、登っていこうとしていた尾根が
どんな地形になっているか、まったく知らなかったのです。ましてや、室町時代の頃、ここに
お城があったなどと、知る由もありませんでした。
参考書を覗かせていただくと、本当です。見事な山城の図が描かれていました。




・ここでは、武生城と呼んでいますが、高倉城のことのようです。
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ここまで遊歩道があったことを知らない彼が、「あなた達こそ、ここで、何をしているの?」と聞くと、
夫が「竜神ふるさと村までハイキングをしようと思って…」と、
「どの辺りにあるんですか?」「いや、よく分からないんですけど、この尾根のテッペンあたりに
あると思うんです」「どのくらい時間がかかるのですか?」「初めてなので、わからないなぁ。」

かみ合わない会話をしながら一緒に登っていくと、尾根が空堀のように切られたような地形になります。
「にわか山城ハンター」になった夫が指を差してウンチクを言うと、「そうかも知れません。
人工的な感じがします」とハンターさんが応じてしまう。
左手に大きな露岩が見えてきたところで「すでに、ここは城の一部に入っています」と、
まるで占い師のようにハンターさんがご宣託されました。
急におごそかな気分になって、足元も気になります。





・見よ! このイラスト。茨城の城郭で紐解いてみると、最も危険な山城と、ハンターさんが言っております。
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急な坂を登り切ると、そこには真っ平な台地が広がっています。チラッとみたところ、ハンターさんは
合掌してから「城跡」にご入城されていました。

残念ながら、遺物はなにもありません。石ころでも、朽ちた木でもあったら嬉しいのに。
右へ左へと忙しいハンターさんに別れを告げ、本業の陽だまりハイキングに戻ります。






・城跡の先は、崖になって急に落ち込んでいます。跨いで通るような岩稜もあって攻め込む
ことは、出来そうにありません。
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・竜神峡の流れが激しく蛇行し、空から見ると「竜がくねっている」ように見えるそうです。
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・小枝が邪魔をしてしまいましたが、振り返ると竜神大吊り橋が眺められます。
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・竜神峡が凍っています。白く見えるのは、氷に積もったままの雪の名残りです。
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・尾根の途中に鉄の杭がありました。左の谷に降りて行く道跡があり、そこから先は急に踏み跡が
はっきりしてきました。後から聞いた話では、昔は踏み跡の先に民家があったと言う事です。
山頂には、思いもよらない、立派な東屋があります。
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この東屋から、南と北に整備された山道が続きます。「南側は、竜神ふるさと村のコテージに行くものだろうから、
北側の道を探ろう」としたのが運で、またもや歴史の中にタイムスリップしてしまいました。

山道を少し下ったところに、案の定民家があり、その裏手の小山のようになったところに、立派なログハウスが
ありました。その前の道を拝借して通り過ぎようとしたら、おじいさんがいたので挨拶を。
その声が聞こえたか、ログハウスのベランダに人影が。コンニチワと言って、通り過ぎようとしたら、「どこから
きたんだ?」「上がって見ていきなさい」と声がかかりました。

この一帯は素晴らしいロケーションなので、写真を撮りたいのに、速射砲のごとく続く話で、撮らせてくれません。
次から次へと、360° の解説が始まってしまいました。やっと山の話が終わると、高倉城へと話題が変わっていき、
またまた室町時代に戻ってしまいました。

曰く、「我が家は、高倉城のお台所を務めていた」由緒ある家系である」とのことです。

夫と尾根を登りながら、「お城があったのは分かったけど、前も後ろも険しすぎるね!」「食料はどうやって
補給したのだろう?」「本体は、ふるさと村辺りにいて、殿様だけ安全な岩尾根上の城に逃げたのでは?」
と話をしていたのに、なんと正解だったようです。


延々と続いたお話にお付き合いしたためか、柚子のお土産をいただき、ふるさと村経由で
竜神峡の遊歩道へと降り立ちました。






・竜神峡は前面結氷です。氷りの上に、雪が残ったままなので城一色ですが、川なのです。
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・この写真なら、氷りの具合と雪の乗った様子が分かると思います。
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・カモの姿が可愛いです。水の上に浮かんでいるように見えますが、氷りに乗っているのです。
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・こちらのカモは、氷りに乗ったのと、水の中に分かれています。
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・ここでも、氷りの縁に行儀よく並んでいます。もっともっと多くの集団も見たことがあります。
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・高台から眺めると、ダム近くでも、日陰は全面結氷しています。
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のんびり陽だまりハイクの筈が、
山城ハンターとの出会いから、遠い昔の「高倉城」を知り、どんな生活をしていたのか夢を馳せていたら、
「私が由緒ある末裔です」「お台所番でした」と絶景の自慢も含めて、長~いご講義をいただき、

竜神峡に降りたら、初めてみるような完全結氷と、凍った流れ中で逞しく生きるカモたちとの出会い、と
盛り沢山な楽しみを知った一日となってしまいました。







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Posted by tomo
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