山と自然の贈り物の記録
①若い頃・ロッククライミング編

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若かりし頃の山登りを、ジャンル別に紹介していきたいと思います。


私の個人的な思い出山行は、すでにアップ済みですので、
夫と結婚してから夫婦で行ったもの、山岳会、アサギ同人の仲間と行ったものが混在しています。

今回は「ロッククライミング編」ですが、写真は余り残っていませんでした。

いろんな山で、ロッククライミングをしました。
腕を磨くために、西船橋から奥武蔵の日和田山のゲレンデまで、回数券を買って
トレーニングに通っていました。
谷川岳一の倉沢のルートは、夫に連れられ、ほぼ登りました。しかも、一日に2ルート登攀する
など、今でも先駆的と言えるスタイルを、我流(夫流)で始めていたものでした。




・本番前には、丹沢・広沢寺温泉にある、ゲレンデに良くでかけました。
このあたりが3級程度の取り付きで、この上から4級から5級程度の
フリークライミングです。(アサギ同人の仲間たちと)

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・ホールドが小さくフリクションでのぽる4級ルートを登っています。
黄色のザイルがあるあたりには、ハング気味の難ルートがあります。
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アサギ同人の合宿で、奥秩父の笛吹川支流東沢渓谷に「沢登り」と「巨大滝登攀」を目的に出かけました。
山行の一部は、山岳誌「岳人」にも特集されるなど、隣の「西沢渓谷」に遅れてデビューしました。


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・この図は少し間違っていて、「乙女の滝」の「滝記号」から左手に「乙女の滝」があって、その少し上流
右手の水線が「東のナメ」。さらにその先の左手に「西のナメ」があったと思います。
ちなみに「ナメ」とは、「ツルツルに磨かれた一枚岩」のことで、漢字では「滑」と書きます。
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・ここは、笛吹川支流東沢渓谷です。沢登りというより、クライミングの世界です。
花崗岩の巨大なナメ滝は大岸壁とも言えます。そこに、こんな甌穴がありました。
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・これが東沢渓谷で最大の、「東のナメ」です。上部約50㍍が写っていませんが、
200㍍を優に超える大岸壁となっています。
ホールドがほとんど無いため、バランスクライミングでも、狂気の世界です。
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・登攀を終えると、ザイルでの懸垂下降で取り付きの沢床に下ります。
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・こちらは、「西のナメ」の最下段50㍍の滝です。
ここもバランスとフリクション頼りの登攀です。
この近くには、「乙女の沢」と言うのもあって、
さらに切り立っています。
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6月には、毎年のように、南アルプス「北岳バットレス」を登攀しました。
下部岸壁を突破して取り付く、「四尾根」と頂上から四尾根の右手に落ち込む「中央稜」、
四尾根の左手が「Dガリー奥壁」と「ピラミッドフェース」、と言う人気ルートでした。
初めてバットレス中央稜を登攀した時、夫はさっさとパートナーと登ってしまい、
「自分達で登って!」と言われ、「はじめてなのに、私達を殺す気~」と登攀したのが
私とM、女二人のバットレスデビューとなりました。





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・雪渓の上部、一番左に見えるのが、三角の岸壁が「ピラミッドフェース」
と呼ばれるもので、バットレスで最も難しいルートの一つです。
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・最初のピッチは、夫がトップを登っていきます。少しA1の人工があったかも知れません。
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・次は、がんばって、私がリードする番です。
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・翌日は、ピラミッドフェース右側にある「四尾根」の登攀です。
Cガリーを登って、四尾根下部に取り付いたところです。
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・マッチ箱のコル手前のピークです。ここから、女子組が懸垂下降でコルに降りますが、緊張します。
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・マッチ箱のコル上部から、中央稜の登攀者。
時を同じくして雑誌「山と渓谷」に載ったものです。
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・これも「山と渓谷」の写真です。きれいに撮れるものですね !
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・登攀を終えて、北岳の山頂で。
緊張から開放されたのと、登攀できた喜びでついつい笑ってしまいます。
怖さをしらずに夫について登ってしまったのは
若かったからなのでしょうか ?
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・谷川岳「南稜ルート」最上部です。土砂降りの雨の中を登った、怖い記憶が蘇ります。
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当時の私達のクライミングは、とても先駆的なスタイルで、白い目で見られることもありました。
他のクライマーが、重たい、分厚い皮の、雪と氷を登るための、登山靴を履いていたのに、
私達は、なんと運動靴で駆け回っていたのです。

谷川岳の「第三スラブ」や、「二の沢右壁」なども、運動靴で登攀しました。

しかも、今の運動靴とは、まったく別物です。
室内用のズック靴に似た、靴底にクッションがほとんど無いものです。
現在の、クライミング専用シューズの先駆的な代用品です。
私のお気に入りは、最もフリクションの効く「世界長」、二番目が「アサヒ」の運動靴でした。
なんと、いまだに後生大事にしまいこんであります。

こんな「バレエシューズ」に毛の生えたような運動靴で、3000㍍峰を駆け回っていたとは、
昔の私を褒めたくなってしまいました。




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Posted by tomo
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